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歴史的レビュー

静電界および静磁界の存在を大昔から人類は知っていました。紀元前500年の古代ギリシャにおいて、コハクを用いた静電気の実験が報告されています。その当時、コハク(ギリシャ語でelektron)を毛織物またはネコの毛でこすると、そのコハクが小さな物体を引きつける性質をミレトスの自然哲学者タレス(Thales、624–546 B.C.頃)が発見しました。今日、私達が知っている通り、これはコハクの静電気によるものです。“electricity(電気)”という用語がギリシャ語の“elektron”を起源とするのは、電気に関して初めて報告されたこの観察に基づいています。同じ時代に、シビレエイの発生する電流治療のための医学処置に応用していました。また、およそ3000年前の中国では地磁気をコンパスとして用いていました。しかし、この時代の人々は、落雷の電気現象を含め、これらの作用をほとんど何も理解していませんでした。

17-18世紀に入り、人々はこれらの現象をもっと詳しく分析し始めました。まず、電気発火器(最初の起電機)および電池が作られました。1800年頃、イタリアの物理学者ボルタ(Alessandro Volta)が電気化学的発生源を発明しました。いわゆるボルタのパイルで、今日の蓄電池および乾電池の先駆けです。この時に直流電流発生が初めて可能になったのです。フランクリン(Benjamin Franklin)は避雷針を開発し、ガルバーニ(Luigi Galvani)は1794年に公表したカエルの足の筋肉に関する実験で、電気的プロセスが生物にとって重要であることを証明しました。19世紀には、エルステッド(Hans Christian Oersted)、ファラデー(Michael Faraday)、アンペール(André-Marie Ampère)、オーム(Georg Simon Ohm)、ヘンリー(Joseph Henry)、ヘルツ(Heinrich Hertz)および他の多くの人々が行った数々の実験によって、徐々に電界および磁界の性質が深く理解されることになりました。マクスウェル(James Clerk Maxwell)は、全ての電界および磁界の現象をただ一つの方程式の体系(マックスウェル方程式)で一体化しました。これで、全ての電磁プロセスの確固とした理解の基礎が完成しました。マクスウェルが予測した電磁波を、1887年にヘルツがに実験的に確認しました。
左:ボルタのパイル、右:ガルバニルのカエルの足での実験の装置
右図:Luigi Ciesa、ライセンス:CC BY-SA 3.0), 左図:不明、ライセンス:公有、両者とも Wikimedia Commonsより
およそ120年の間に、電気および電磁界の有用性は、他のどのような技術よりも大きく人々の生活を変化させてきました。居住環境、産業、軍事および医療の分野におけるさまざまな利用は、この60年間で爆発的に増加しました

直流および交流電流

電界および磁界の現象の理解が進むにつれて、まず初めに直流および交流電流の形でその技術利用が進展しました。最初に開発されたものには、亜鉛メッキ、電信装置および白熱灯などがあります。公共のカーボンアーク灯は1810年に導入されました。現代的な意味での白熱灯(口語では電球)は、エジソン(Thomas Alva Edison)の参加を得て1835年に開発され、1880年には市販されました。白熱電球を利用するために、1882年にニューヨークで直流を用いた最初の公共用電気ネットワークが建設されました。発電機および電気モータの開発、例えばジーメンス(Werner Siemens)による、もこの時代になされました。ベルリンでは1881年に最初の電気ケーブルが稼動しました。1887年頃の米国での電気モータの数は約2,000でしたが、1889年までに18,000を超えました。
左:エジソンが作った初期の紙フィラメント白熱電球、右:世界初の電気トラム、the Groß-Lichterfelde Tramway by Siemens & Halske
左図: William J. Hammer、ライセンス:公有、右図:不明、ライセンス:公有、両者ともWikimedia Commonsより
世界で最初の長距離送電は、1882年に、ミースバッハからミュンヘンまでの57kmで行われました。この先駆的事業において、ミラー(Oscar von Miller、後のミュンヘンのドイツ博物館創立者)は、とても適切とは言えない電信用鉄線を2000ボルト直流電流の伝送に用い、数日で失敗しました。大きな電線損失のため、電流は効率的に長距離を伝送されませんでした。そのため、最初の電力供給ネットワークは、市内の各地区の直流発電機ステーションで直接運転されました。米国では、1887年から1889年に、テスラ(Nikola Tesla)が多相交流電流とその伝送に関する先駆的事業を達成しました。交流電流は、変圧器高電圧送電線を用いることで電気エネルギーを長距離にわたって低配電損失で伝送することができたため、当然勝っていました。米国でエジソンが交流電流の利用に断固として反対している間に、ドイツでは、1891年にミラーがさらに先を見た技術的先駆けの事業として、最初の15 kV三相交流電流高圧送電線をラウフェン(現在、ハイルブロン郡に属す)の水力発電所からフランクフルトまで175 kmの距離で建設しました。したがって、ミラーは、今日世界の多くの場所で利用されている交流電流電力系統の密なメッシュ状ネットワークにつながる一つの開発の創始者と見なされています。
1891年8月25日。フランクフルト・アム・マインに開かれた国際電気技術博覧会の正面入口。1000個の電球が設営され、 ラウフェン・アム・ネッカーから175 km の送電線によりこれらの電球に電力供給された。
写真:不明、ライセンス:公有、Wikimedia Commonsより
1890年頃、発電された電気の96 %は電灯用に使われましたが、1900年までには53 %に下がりました。2013年、世界でのその割合は15 %です(資料元:国連環境計画(UNEP)のEn.lighten(省エネ照明)イニシアティブ)(source: enlighten-initiative.org)。ドイツでの2012年の正味消費電力5340億キロワット時(kWh)の内訳は、製造業用が約47 %、家庭用が26 %、貿易および商業用が14 %、公共施設が10 %、農業が約2 %、交通輸送(鉄道を含む)が2-3 %です(資料元: ドイツのインターネット統計会社Statista ; エネルギーバランス作業グループ)。

無線周波電磁界

無線周波電磁界の技術応用の歴史の初期は、無線情報通信の開発と密接に結びついている。1886年、研究室での実験で、ヘルツは送信機から受信機までの短距離の電磁波伝送に成功しました。この実験で彼は無線技術を発見し、この知見を1888年に公表しました。1897-99年に、マルコーニ(Guglielmo Marconi)とブラウン(Ferdinand Braun)が、(初めての短距離での)無線電信接続という形で、最初の実用化を成し遂げました。彼らは1909年にノーベル物理学賞を共同受賞しました (資料元: Nobelprize.org)。このときには既に、船舶と本土の間、および新旧大陸間での無線電信接続が行われていました。
大西洋を横断する初めての無線信号を彼自身が送信するとき用いたものと同じ装置を操作する電気技術者/発明者のマルコーニ。
写真:作者不明、ライセンス:公有、Wikimedia Commonsより
1860-1861年のライス(Philipp Reis)による電話の発明で、まずは有線での音声の電気的伝送の開発が始まり、1876年にベル(Alexander Graham Bell)が使い易さと市場性を追求した一層の開発を行いました。
民生用の無線移動体通信の最初の試みは、ドイツ帝国郵便のために、走行中の列車で実施されました。1926年初には、通常的な鉄道移動体通信がベルリンとハンブルグ間の鉄道乗車中の旅客のために操業を開始しました。第二次世界大戦後、ドイツ連邦郵便は、大都市、主要な港、高速道路および島への航路において、それぞれに30 MHz、80 MHzおよび160 MHzでの試験用移動体ネットワークを初めて稼働しました。1958年、標準160 MHz技術による公衆用アナログ移動体無線システムであるAネットワークが設立されました(1977年まで稼働)。これはドイツでは、Bネットワーク(1972-1994年、約150-160 MHz)、Cネットワーク(1985 -2000年、約450-456 MHz)に引き継がれ、1992年からはD-、E-、UMTS およびLTEネットワークなど、870 MHzから2690 MHzまでの周波数範囲のデジタル移動体通信ネットワークが続きました。
左: 1863年にライスが作った電話の絵、右:Aネットワークと呼ばれるドイツの初めての携帯電話ネットワーク用の無線電話;1963年にTeKaDe GmbHの前身により製作された。
左図:多様、ライセンス:固有、Wikimedia Commonsより, 右図: © Túrelio (Wikimedia-Commonsより), 2007 /Lizenz: CC BY-SA 3.0
前世紀の初めから、音声通信および移動体通信に加え、それ以外の多数の無線周波電磁界応用技術が民生用および軍事用に開発されました。これらは、通信、ナビゲーション、位置測定、遠隔制御、治療処置、計測、加熱のために、また音、画像、データの送信のために利用されています。
なかでも、放送テレビレーダ、衛星通信、海洋および航空無線、無線制御システム、電子レンジ およびWiFiは最もよく知られた応用技術です。前世紀の戦時中、音声ラジオ、レーダ、海洋および航空通信および一般的な無線通信が、軍事およびプロパガンダのためにとりわけ発展しました。しかし戦後、前世紀の後半までは、技術革新は、テレビ電子レンジ治療応用など、アナログ技術を用いた民生用途の一層の開発に注がれました。前世紀末から現在までに、無線周波電磁界を用いたデジタル無線応用の前例のない成功が、特に移動体無線および無線データトラフィックの分野で起きました。例えば、世界中の携帯電話接続契約数は1993年の3400万件 (Source: ドイツのインターネット統計会社Statista ) から、2013年の67億件 (Source: ITU) (ユーザ数は約32億人、すなわち世界人口の約46 %、“のみ”です。) (Source: GSMA:携帯通信事業者の業界団体GSM Association )に増加しました。
ドイツのフックスシュタット地上局のアンテナアレイ2。およそ50台のパラボラアンテナを備えた地上局は、世界最大の衛星通信システムの一つの一部分である。
写真: Rainer Lippert, ライセンス:公有, Wikimedia Commonsより
今日の携帯電話またはスマートフォンは、大部分がGSM 規格(Global System for Mobile Communications, ドイツでは1992年から)に基づいています。この規格は、優れた通信品質をもち、またデータアプリケーションを提供します。さらに、2001年以降、ドイツでは全国規模でUMTSネットワークが普及しました。UMTS(Universal Mobile Telecommunications System)およびHSPA (High Speed Packet Access;2006年から) により、高速でのモバイルインターネットサーフィンが可能になりました。最新のLTEネットワーク(Long Term Evolution;2010年から、LTE-Advanced;2013年から)では、ダウンロード速度においてさらに高い転送速度が可能で、LTEでは最大300メガビット毎秒、LTE-Advancedでは最大約1ギガビット毎秒が可能です (source: ZTE社)。
携帯電話の革新。左から右へ、Motorola 8900X-2, Nokia 2146 orange 5.1, Nokia 3210, Nokia 3510, Nokia 6210, Ericsson T39, HTC Typhoon
写真: Anders, ライセンス: 公有、Wikimedia Commonsより